今日は買い物に行った。
よくかっちと一緒に行った帽子屋さんで新しいハットを買った。
なんて云うかな。似合ってるかな。いつも以上に色で悩んでるよ。
そんなこと思いながら、店員さんと会話。
こういう時の自分は大概ふわふわと浮いている。
それがわかる。
わかるんだけど、うんまぁそうだねぇって見逃す。
最近出来た友達と遊んでる時、すごく自分の(変な異質さ)を実感させられる。
その友達は大好きな旦那が居たこと、死んじゃったこと、そんで自分の調子が極めておかしいことを把握している というかわかってる。
その上で、全くかっちの話にならない。
気を遣ってくれてるんだろうなってのはすごく感じる。
よく理由を付けてご飯に連れ出してくれるからだ。
そこで当たり障りのない話をするんだけど、(あ 普通はこうなんだな)って思う瞬間がとても多い。
元々の友達や家族から(ちゃんと食べないとだめよ でも無理しないで)とか、
(外に出ないとアカンよ でも無理しないで)とか、
そういう優しい言葉を沢山もらってた自分。
(無理はしないで)・(ぼっちのペースで)という逃げ道まで付けてくれる。
でもその友達 というか普通の人からしたら、食べることは日常で、外に出ることも日常。
ごくごく当たり前のことなのだ。
そういやそうだったよな。
毎日のことを、毎日出来ていない。
ここのご飯がすごく美味しくて とか、
この前どこどこに行ったんだけどすごい楽しかったよ とか、
あーこういうのが普通の会話なのかぁ と。
私は普通っぽく成りたいとか思ってたけど、そもそも意識しちゃってるところでもう(普通っぽく成れる権利)がなかったのね なーんてことに気付いてしまった。
出来るだけ砕けて書いたつもりだけど、自分にとっては結構恐ろしい気付きだった。
ぞっとするほど、先の長い道に立たされてる そんな気分。
考えてみた。
やっぱり1月末から変化が起きているような気がする。
これもまた、すぐ考えが変わるかもしれないんだけど。
今考えて、今思ったことだ。あしからずだ。
いつでもちぐはぐな私なんだけど、逆コナン君って感じ。
見た目は大人なのに、脳内は非常に子供みたいだ。
外でのかっこつけに躍起になって、家でひとり打ちのめされる。
バランス感覚が総じてバカなのだ。
今、自分を俯瞰で見よう、俯瞰で見よう と必死になっているこの様も、きっと滑稽なんだろうけど。
ちゃんと今足掻けてるのかなぁ。
わかんないや。