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白魔道士になりたい

常にFLASHBACK

17:15ひとりごと

ここんとこ、おかしい。

おかしいのは日々だけど、また違ったおかしさ というか。

雑で、楽で、それを望んだのも確かに私なのに。

いつも最後にやってくる気持ちは(私こういう人だったっけか)だ。

いっつも答えのない自問自答しかしてないな。

 

かっちは、昔の私は、今の私をどう思うんだろう。

多分かっちは全部いいよ って云う。

きっと云う。しょーがないさ って。

昔の私は怒るかな。

悲しむかな。

同情するかな。

肯定してほしい。

認めてほしいんだよ。

認めたいんだよ。

こんな私も私だって。

明確な差異を感じる度吐きそうになる。

愛されていた記憶や、大切にしてもらってた思いでが体中でどうにかなりそうなんだ、今。

まだずっと悲しいし、まだずっと寂しいよ。

このずっとはずっと?

ずっとはずっとか。

きっとずっとこう。

かっちは黒じゃないのに、私の中の黒が消えない。

喪失感が抜けない。

こんな世界もういやなんだよ

何万回思って願ってもどーにもならないし、落ちるべきところに落ちてくれない。

落ちるべきところがみつかんないんだな。

 

 


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まだ(大丈夫)を信じられた時

記憶をなぞる

なぞる記7

 

 

この辺りはまじでキツかった。

精神的に何個も穴があって、抜けに気が付かない そんな感じ。

トイレで2回、布団で1回とか、もう日々の嘔吐が当たり前みたいになってた。

とにかくしんどそうで、食欲も全くなくて、薬も飲めなくて、どうしていいのか八方塞り。

でもかっちは『大丈夫大丈夫』と云う。

今なら『全然大丈夫じゃねーからwww』って云って、半ば強制的に病院連れてくけど、その時はそのかっちの放つ(大丈夫)を信じたいって気持ちの方が大きかったんだろうな って思う。

かっちは本当に我慢強い。

我慢が過ぎて、こちらに伝わらないのが、きつかった。

闘病を続けて、なんとなく本当に(大丈夫)なのか、(大丈夫じゃない)なのか分かるようになるまで時間がかかった。

 

 

 

 

ご飯が食べられない人に(食べな)って云うのがつらい。

薬が飲めない時に(飲みな)って云うのがつらい。

なーにを云ってんだ。本人が一番きつくてつらいだろう って思いながら、つらいが溜まってく。

こんなこと当たり前に経験したことがなかったから、余裕もさらさらない。

 

 

そんな中での生検。

肺をちぎった。

嗚咽が部屋の中からずっと聞こえる。

部屋の前から動けなかった。

自分の手をずっと見つめながら、早く終わってほしいって願ってた。

1時間45分かかってぐったり+車椅子のかっちが出てきた。

つらかったけど、これで病理に出せるね って話しかけて、少し休ませてもらってから帰宅。

 

そこからは自宅にずっと居た。

体調はどんどん悪くなる。

かっちが食べられそうなものを云って、それを作ったり用意したりした。

なんでもよかった。食べられればなんでもよかった。

20時過ぎにご飯を用意して、手を付け始めるのが1時とか、もうそんなんがザラ。

最終的に固形物が難しくなって、ウィダーインゼリーを頑張って半分飲む みたいになっていった。

 

 

 

 

この時期飲んでいた薬で、どうしたって忘れられない薬がある。

メニレットゼリー というゼリー状の薬だ。

ゼリー って聞くと、美味しいもの とか、デザート って連想出来るから、飲みやすくて美味しい薬だと思うじゃないすか。

私も最初そう思ってたし、かっちも『薬なのにゼリーとかwww』って無駄にテンション上がってた。

ほんと、無駄に。

【メニレット ゼリー 味】で検索してもらえると伝わる と思いたいw

 

これがかっちは本当に苦手だった。

一口食べて、戻しそうになったくらいだ。

私も一口食べてみたのだが、苦くて喉に通り難い。

薬剤師さん曰く、(あまりの不味さにフレーバーを付けてるんですけど、そのフレーバーもなんというか、あんまり評判よくなくて…w)とのこと。

これを一日一個食べなくてはいけない ってこともかっちのストレスになってたんだと思う。

 

 

 

 

日々沢山の検査、

いうことを聞かない自分の体、

原因がまだはっきりしないこと、

不味い薬、

月末に行われる頭開手術の不安、

食べたいのに食べられない気持ち悪さ、

今まで何不自由なく健康に生きてきた我々に、いきなり重たく圧し掛かった沢山の事柄。

かっちの前ではヘラヘラ明るくしてたけど、お風呂場で毎日泣いていた日々。

なにが出来るんだろう と、なんで私じゃないんだろう って思ってばかりいた日々だ。


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箱庭

世界は3月になってしまっていた。

私は何月なんだろう。

具体的に一回忌の日取りが決まったり、位牌の話とかが出てきた。

緩やかに迫ってはきている物理的な日数。

突然に距離を詰められる恐さと生きてる人間。

常に身体に染み入る寂しさと悲しさと悔しさ。

全部抱えては生きてけねぇっすよwwwもうお腹いっぱいなんだってw

 

当たり前だけど全部が初めてのことだから、わからない。

だからぐぐったり調べたりする。

知識はどんどん増えてゆくけど、要らなかったよなぁって落胆する。

落胆して、(そもそも)を考え出して、終わりがもうない。

最初っから詰まされているのだ。

 

 

 

 

 

お父さんとお母さんに、(一周忌で納骨するよ)って話をした。

そこでお父さんから提案を受けた。

『一周忌の時にお前がかっちの遺骨を持ってって、そのまますぐお墓に入っちゃうと、俺もそうだけどかっちのお父さんとお母さんは心残りがあるんじゃないかな?』

『一周忌の前にお渡しして、暫くお父さんとお母さんとかっちの3人で過ごしてもらうのってどうかな?』

 

私はここまで考えが及ばなかった。

確かに。確かにそうだよな って思うことばかりで、なんで気付けなかったんだろうって思った。

お義父さんと話をしてみることにして、電話をかけた。

 

 

お義父さんに話をしてみたら、こっちが恐縮するくらい、喜んでくれた。

『ただただありがたい申し出だ』と。

『ぼっちさん、いっぱいいっぱい考えてくれたんだよね、本当にありがとう』と。

もっかい云うけど、私はここまで考えが及ばなかった。

浅いなぁ とか思ってた。

 

 

お父さんに報告をした。

そしたら、

『かっちのお父さんと俺じゃ立場も考え方も勿論違うけど、やっぱ親だから。』

『親として、自分だったら って思った。そうしてほしいって気持ちがあるけど、到底云えないことだから、お前がいいって云うんならそうしてあげてほしいって素直に思ったんだ。』

『だからぼっちが素直に分かってくれて嬉しかったよ。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだ薄らぼんやりしている見えない7月。

今は3月。

どんな気持ちで、どんな姿で居られるのか確信めいたものはないけど。

意識の中では、もっと丁寧に生きないとアカンなぁとかすごくよく思う。

けどそれのままならなさが自分を責める材料にもなる。

分かってるのに分かってない。

のが、苦しい。

狭い世界で小さく足掻いているだけだ。

 


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声は夜、電波に乗って

かっちと私はおなじ機種の携帯を使っていた。

iPhoneの5se。

色はかっちがシルバー。私がピンクゴールド。

去年の5月に、一緒に変えたのだ。

 

かっちが2ヶ月弱しか使わなかった携帯。

それでもなんだか、なんだかなぁ。って気持ちがずっと自分の中だけに在って。

出会った時から変わってない電話番号。

そらで云えるようになってどれくらいの時間が経ったのだろう。

今日、解約の手続きをしてきた。

 

 

 

 

 

 

必要書類を提出して、自分の免許を出して、

あっさりそれは終わってしまった。

ほんとにあっさり。

今さっき、かっちに電話をかけてみた。

当たり前に現在使われていない番号になってて、

当たり前なんだけど当たり前に驚いた。

ひっちゃかめっちゃかな文でごめんね。

そらそーなの。だって自分で解約しに行ったんだから当たり前なのにね。

なのに小さい息しか漏れないんだよ。自分から。

なんだろうねこの感情は。

 

 

 

 

 

んで、お義父さんとお義母さんに報告ラインをした。

最近2人は携帯をスマホにした。

『ぼっちちゃんとラインがしたくってw』と云ってもらえて、嬉しかった。

嬉しくて、たまに写真を送ったりしていた。

 

お義父さんから、

『ぼっちさんの今までの気持ち、また、今の気持ちもわかるよ。よく決心したね。これから一歩前進しようね。なんでも相談してね。』

こんな優しい返信がきた。

もれなく顔文字てんこ盛りで だwww

 

 

私はもっと頑張りたい。

私はもっと強く成りたい。

私はもっと優しく成りたい。

携帯じゃん 些細なことじゃん なんて云う人にはきっと成れないし、成りたいとも思わないけど、なんだろう。

なんだろうね。

頑張り方も、強く在る姿勢も、優しい言葉も、今は思い浮かばないんだ。

まだかかるよ。

まだ全然アカンですよ。

もう気付けば明日から3月なのに。

まいったなぁ。

ほんと、まいった。

 

 


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遺骨 それと月命日の謎

何が今の自分にとって要るもので、何が今の自分には要らないものなのかが、わからない。

ものを減らそう と思って部屋をぐるりと見渡すとたちまち。沢山のクエスチョンマークにまみれてしまう。

今の自分にとって。

過去の自分にとって。

この先の自分にとって。

要るものはどれだろう。

要らないものはどれだろう。

 

いきなり、(もう全部捨ててしまおうか)って気持ちが覆う時がある。

記憶と思いでだけで愛でて慰めて思い続けることって出来るのだろうか。

 

 

暫くこの要るもの要らないもの戦争は続くと思う。

どうか生暖かく見てやってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

友達、あとお母さんと最近、遺骨の話をしていた。

一周忌のタイミングで納骨しようと思っている話だ。

理屈じゃないとこで、(まだだ)と思っていた。

だから四十九日では納骨出来なかった。

でも一周忌。

お義父さんもお義母さんも(ずっとこう)は望んではいないんだろう。

寧ろ何も云われず、こうしてここまで遺骨を持っていられたんだ。

確固たる理由があったわけでもない。

ただの感情ひとつなだけ。

咎めるようなことは何一つ云われなかった。

全部ぼっちちゃんの好きなようにしていいんだからね って言葉に、甘えて寄りかからせてもらった。

ありがたい以外の言葉はない。

 

友達には、『一周忌で納骨するならそれに合わせて必要なもの、そうでないものを分ける ってことを意識し出した方がいいかも』と。

5ヶ月の間で、ゆっくり時間をかけてやればいい と。

それを受けての冒頭に戻る って感じなのだ。

 

かっちがあれこれ口を出してくれればいい。

これはもっときな とか、これはすてっちまいな! とか。

情けないほどこの部屋の中、雁字搦めで動けない。

 

 

 

 

 

 

この前お母さんと会った時聞こうと思って忘れちゃってたことがあったんだ。

月命日ってどこいっちゃうの?

2月だけ月命日がないんだけど、こういう場合ってどうすればいいんだろ。

今日なのかな。

それとも日数で3月2日?

何をするってわけじゃないけど、どこいっちゃったんだろうなぁって。

素朴な疑問。

 


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20:46ひとりごと

楽な方楽な方に流れて漂ってる感が半端ない最近。

聞きたくないから耳を塞ぐ。

考えたくないから寝る。

ひとりがいやだから人と遊ぶ。

見たくないから目を逸らす。

もういらないんだよなぁ。

新しい情報的なもの。

それ私に必要?

要るものと要らないものの差異すらよくわかってない現状。

耳に流れてくる曲から聞き取る言葉。

好きな曲ばかり、意味を違ってとってしまう。

自分勝手フルスロットル。

ひとりじゃなんもできないよな僕だけど

となりで見守ってくれるなら何度でも

when you are gone

 

いつもこうだ。

いつもこうやってわけわかんなくなって落ち込む。

ひとり暮らしが壊滅的にへたくそだとは思っていたけど、

落ち込み方も、悲しみ方も、へこみ方もとことんへたくそだ。

どうやって浮上するとこまで持ってけばいいのか。

壊れたものは元に戻らない。

他のものを買うか、壊れた状態で大切にするか。

どっちも賭けじゃん。

もういちかばちかもこわくて出来る気がしない。

youtu.be

 

 


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五感よとどけ

私の目も、私の耳も、私の鼻も、私の鼓動も、私の神経、細胞、全部がかっちに繋がってればいいのになぁ。

なんてバカみたいなことを最近よく思う。

いつもながら+我ながら支離滅裂だが、ふざけているわけではない。

 

 

楽しいことは共有したい。

楽しさはすごい。

共有する相手が居て、笑いながら肯定し合えれば楽しさってやつは2倍にも5倍にも膨れ上がることができる。

かっちはそんな相手だった。

そんな相手だったし、今なにしてんのかなぁとか。よく考える。

暇してるんじゃないかなぁ。

一緒にこれ見たいなぁ。

ここ一緒に行きたいなぁ。

これ食べたいなぁ。

どんな顔するかなぁ。

新しい情報が更新されてく度に思う。

お伝えしたい相手が居る。

でも、お伝えすることは出来ない。

共有したい相手が居る。

でも、共有することはもう出来ない。

平気で何回でも陥るループ。

寧ろずっと私だけ、この螺旋の中をぐるぐる廻ってるだけなんじゃね?って考える。

考えて、まぁそれでもいいか って考えるのやめる。

やめた先にはとりわけなにもない。

時間が単純に進んでいるだけだ。

 

 


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