毎日毎日辛いとか寂しいとか書き続けてれば、どこかに果てみたいなものはあるんだろうなってなんとなしに思ってた。
てか今でもそれはちょっと思ってることだ。
果て というか、云い続けることだってエネルギーを使うし。
どこかで区切れる場所があるんじゃないかっていうふわふわした幻想に近い。
ただ、それは半年の時間では辿り着けない場所みたいだ。
少なくとも私個人の話ね。
私は、まだすこぶるアカンです。
さっきLINEのやり取りを見返していた。
かっちも私も去年の5月に機種変したばっかで、そんなにデータが残ってない。
思わずバカだなぁって思ったやり取りのひとつを上げておこうと思う。
それがこちら。
かっちは食事制限がなかったので、私が夜ご飯のタイミングで居る時は毎回欠食にして、2人で一緒に好きなものを食べていた。
基本はかっちのリクエストに答える形だ。
お弁当が食べたいと云われれば作って持っていく。
マックが食べたいと云われれば向かう道中で買っていく。
でもあんまりわがまま云ってくれなかったなぁ。
2人で病院食じゃないものを一緒に食べられるだけでいいって云ってた。
だから周りの人の一緒に迷惑にならないようにエレベーターホールで話しながらご飯を食べていた。
そんな欠食の日。
かっちが『今日絶食だよね?(ぼっち夜くるんだよね?)』
絶食てアンタwwwいやいや食べてくださいwwwww
これ、26日のやり取りだったりする。
かっちが居なくなっちゃう、死んじゃう4日前。
嘘みたいだよね。
自分でも嘘みたいじゃんって思う。
沢山沢山、たっくさん考えた。
長い時間、痛い思いや苦しい思いをしなくてまだよかったじゃん とか。
最後の最後まで手を繋いでいられたじゃん とか。
前夜に全部気持ちを伝えられたし、伝えてもらえたじゃん とか。
楽な顔付きで向こうに行ったじゃん とか。
看取れたじゃん とか。
でも、全部自分を慰める言葉にはならない。
人からこれらを云われたって、きっとピンともこない。
まだ私そこまで到達出来てないのだ。
まだ私、かっちが死んじゃってもう居ないって事実のとこから動けていないのだ。
あれやこれや考えて、わかった風なこと云ってても全然進めていない。
私が一番ダメな奴だ。
周りとの壁だとかなんだとか云ってたけど、そんなんあって当たり前なんだ。
当たり前にみんなおんなじ時間が流れて、みんな歳を重ねる。
私だけ30歳のまんま。
それもしょうがないって思ってたけど、(しょうがない)じゃなくって(当たり前じゃん)って思うようにしたら、ちょっとだけ気持ちが楽になった気がした。
勝手に少しだけ許された気になる というかなんというか。
死んじゃった後の世界には何があるのだろう。
寂しくしてないかな。
痛いとこないかな。
ちゃんと泣けてるかな。
こういうことを考えちゃえばそりゃどこまでも果てなんてないわな!
そんなこと思ってたら外が白んでる。
毎日のタイム感もズレまくってて、もうぐちゃぐちゃ。
そうしてまた眠れないのだ。