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白魔道士になりたい

常にFLASHBACK

大丈夫ジャッジマンとお風呂大臣

なぞる記9  

 

手術が終わって、ICUで2日間。

その後は観察室(だっけ?名前があやふやだ)を経て、ようやく一般病棟に戻ってこれたかっち。

もう手術の翌日にはしっかり喋れるようになっていた。

なまじ意識がはっきりしているから、余計に傷口の痛みなどを感じてしまって、かわいそうだった。

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手術後に脳外科の先生からお話があった時にぎょっとしてしまった話がある。

最初に頭が痛い と訴えて近くの脳外科クリニックに行った時に既に腫瘍の大きさは3センチあったという。

それは事前に聞いていたし、みんなにも云っておいたからみんな知っていた話。

でも、手術までその間わずか半月。

手術の際、腫瘍の大きさは5.5センチにまで成長していたというのだ。

『旦那さん、本当によくがんばりましたよ。これじゃあ吐くし、歩くなんてとんでもない。とてもまともじゃいられないのによく家で過ごされましたね。』

 

やっぱりあの時のかっちの(大丈夫)は(大丈夫じゃなかった)んだ。

私は強く思った。

これからは私がその(大丈夫ジャッジ)を見極めなきゃいけない。

かっちの云うこと全部、言葉そのままに受け入れちゃいけないこともあるんだ。

決意したと同時に、恐くなった。

当たり前に私は人から命を預かった経験などない。

リポビタンD的なCMを思い浮かべてみたけど、うん、やっぱりあんな思いはしたことがない。

でも、これはそういうことだ。

そういうことなんだ。

今なんかよりもっともっと強くならなきゃだめだ。

あわあわしててどうにかなることと、そうでないこと。

これは明らかに後者じゃないか。

目の前に映し出された腫瘍のレントゲン写真を見ながら、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手術から8日後。最後の点滴用の管がやっと外れた。

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かっちは意識を取り戻してからずっとこう。

ずっと、おもしろおかしいポーズをしたりして、私を笑わす。

傷の治りも早いと云われて、ご機嫌だった。

 

この時だっけな。

1人の看護婦さんに、『娘さん、毎日来てくれて嬉しいですねw』って云われたかっち。

それ聞いて2人しておもいっくそ笑ってしまった。

ぼっち『すいませんw妻wwwですwwwwww』

かっち『俺きっと手術してどちゃくそ老けたんやろな…w』

看護婦さん『すいませんすいません!!!奥様だったんですねほんとすいません!!』

ぼっち『いや私がこんなふざけた髪型してるから…こっちこそなんかすいません…』

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金髪ツインテールで病室に出入りしてたらそら奥さんには見えないかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

管が取れてから、放射線治療も加わった。

残り半分は退院してから通院することになった。

お風呂も入れるようになった。

転倒が恐いから看護婦さんが付き添うか、身内が付き添うか が条件だった。

かっちが(ぼっち頼むね)と云ってくれたから、私がお風呂大臣に任命された。

看護婦さん相手じゃ恥ずかしかろう と思っていたわたしの想像はどんぴしゃだった。

後頭部の傷にあまり触れないように、優しく頭を洗ったり、背中を洗ったりした。

冷たい!云ったり、あっつ!!云ったり、私の服びしゃびしゃにしたこともあったなぁ。

不器用だったけど、楽しかったなぁ。

 

 

結果、かっちは10日に退院するんだけど、それまでに色んな人が病院に来てくれた。

かっちが退屈しないように、楽しくなれるように。

うちのお父さんなんて『俺とかっちは開頭仲間だからなーwww』なんて云ってかっちと肩を組んでいた。

頭を開けた人にしかわからないような感覚レベルの話を2人共こぞってしていた。

経験しないほうがいいと思うけど、なんとなく心強く感じた。

 

開頭仲間 がいる。

カテーテル仲間 もいる。

放射線治療仲間 もいる。

でも、抗がん剤仲間 は身内にも、周りにもいなかった。

これから、どうするのかを決めなくてはいけなかった。

その前に。

セカンドオピニオンを一応しておこう という話になった。


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