先月末のお話。
その日、0時過ぎ。
私はもう寝ようとベッドに入った。
タオルケットと毛布で自分の体をぐるぐるにして、右側を空ける といういつもの眠りスタイルでだらだらしていた。
遠くのような、近くのような、そんな場所から、音がした。
まさかな なんて思った。
それは、もう聞こえるはずのない音だったから。
耳を澄ますと、四方八方からその(音)はする。
聞こえるはずのない音が、聞こえるはずのない空間に鳴り響いていた。
実際に鳴り響いていたのかどうかは分からない。
焦って、携帯のメモ帳に急いで打ち込んだ。
その(音)というのはメモ帳にも書いた、(携帯カバーをパチン と閉める音)なのだ。
かっちは長いこと、縦に開く携帯カバーを使っていた。
それを閉める時、手首のスナップを利かせて(パチン)と閉めていた。
毎日聞く音。
居間でも、寝室でも、生活の音の一部だった。
それから、もう私が聞くことのない音だった。
私は、これが物理で鳴っている音なのか、はたまたいよいよ頭がおかしくなった私にだけ鳴ってる音なのか、判別が付かずにいた。
ありえないくらいしんと静まった部屋で、パチン パチン と鳴り続けるかっちの音。
あ、誰かに話したいな なんて思って、友達に(まだ起きてますか)とLINEした。
時間が時間だったし。
起きていたら、この不可思議な現象をちょっと面白おかしく聞いてもらおうなんて目論んでいた。
すぐに友達から電話がかかってきた。
んで、(どうした?)って問いかけに、何も言葉を出せなくなっていたことに気付いた。
あれ、さっきまで戸惑ってたけど(ちょっと聞いてよー)ってテンションで話そうと思ってたのに。
そう確かに思ってたのに、喉元に何かが引っかかってる感覚がして、詰まって喋ることが出来ない。
ここまでひっくるめて、多分私はパニックを起こしていたのだ。
なんとか捻り出した言葉が、(音がして)。
(かっちの音が部屋じゅうでするんです)。
なんともトンチキ発言だ。
その友達は本当に根気良く付き合ってくれた。
本当、深夜になにやってるんだろう。
私が、ごめんね、変なこと云ってるよね、ほんとごめんね って謝っても、
(大丈夫、ちゃんと喋れてるし話してることの意味分かるから大丈夫。)って何度も云ってくれた。
いやまじで今思い返しても変なことしか云えてないだろwwwって思う案件だけど。
途切れ途切れ。支離滅裂な話をさせてもらって、その友達はゆっくり話し出した。
(多分ね、似た音なんだよ。すごく似た音。
似た音がどっかしらからして、それをぼっちちゃんは懐かしい、耳馴染みのある音に変換しちゃってるんじゃないかな?)
もうそう云われたらそう思うしかない って位の腑に落ちる話だ。
きっとそうなんだろう。
きっと。
でも、私の中で(でも)も勿論在る。
んだけど。
きっとそうなんだろう。と思うことにした。
(まだ鳴っててこわいとか、不安なら今から出てくる?)って優しい申し出を、夜も遅いし、なによりこれ以上の迷惑は…と思って断った。
私はこわくはなかったんだ。
戸惑って、困って、それからほんの少しだけ、懐かしくて優しいのがぶわーってきて、悲しくなったんだ。
こわくはなかった。悲しかった。
そんなことを思い出して、今また悲しくなった。
あれから、この部屋にいる時だけ、たまにその音を拾う。
あの日とおんなじ、パチン って音。
きっとそうなんだろう。
きっとそうなんだろうけど。でも、かっちが携帯いじってるのかな とか、そんなバカみたいな話に直結させてしまう。
私の中の(でも)だ。